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最高裁判所第三小法廷 昭和48年(オ)506号 判決 1976年3月23日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人渡辺忠雄の上告理由一から三までについて

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同四、五、七、八、一〇、一一及び一三から二〇までについて

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠に照らし、是認することができる。

ところで、普通株式を発行し、その株式が証券取引所に上場されている株式会社が額面普通株式を株主以外の第三者に対し、いわゆる時価発行をして有利な資本調達を企図する場合に、その発行価額をいかに定めるべきかは、本来は、新株主に旧株主と同等の資本的寄与を求めるべきものであり、この見地からする発行価額は、旧株の時価と等しくしなければならないのであつて、このようにすれば、旧株主の利益を害することはないが、新株を消化し、資本調達の目的を達成するための見地からは、原則として発行価額を右より多少低額にする必要があり、この要請を全く無視することもできない。そこで、この場合における公正価額は、新株の発行価額決定前の当該会社の旧株の価格、右株価の騰落習性、従来の売買出来高の実績、会社の資産状態、収益状態、配当状況、発行済株式数、当該新株の発行数、株式市況の動向、これから予測される新株の消化可能性等の諸事情を総合し、旧株主の利益と会社が有利な資本調達の目的を達成するという利益との調和の中に求められるべきものである。

これを本件についてみると、前記原審が確定した事実によれば、株式会社横河電機製作所(以下「横河電機」という。)の発行に係る新株のうち本件時価発行新株(記名式額面普通株式、一株の金額五〇円)の一株の発行価額三九〇円は、本件新株をいわゆる買取引受けの方式によつて引き受けた証券業者である大和証券株式会社及び野村証券株式会社(以下「大和証券」、「野村証券」という。)が昭和三七年六月二五日に横河電機に対して具申した意見と横河電機の取締役である被上告人が他の取締役とともに協議して算出した一応の価額とを総合勘案して同月二六日の取締役会において決定されたというのである。そして、右両証券会社から具申された意見は、その具申の直近日の同月二三日(土曜日)の横河電機の旧株の株価の終値四六一円、右直近日前一週間の終値平均四五九円五〇銭及び右直近日前一カ月間の終値平均四三四円一一銭の三者の単純平均四五一円五四銭から、新株の払込期日が期中であつたので、配当差二円四銭を差し引いた四四九円五〇銭を基準とし、横河電機の株価が過去七年間毎年二回程度一カ月以内の期間に一〇パーセントを超えて下落したことがあること、右直近日前一カ月間の株価変動率が一二・三一パーセントであること、横河電機の株式の過去の売買出来高が昭和三七年一月から同年五月まで一日平均一八万五〇〇〇株、同年六月一日から同月二三日まで一日平均四六万八〇〇〇株であるのに比べ、本件時価発行株式数が二〇〇万株にも及ぶ大量のものであることを参考に、前記基準価額四四九円五〇銭から前記直近日前一カ月間の株価変動率一二・三一パーセントを減じた三九四円一七銭以下にすべきであり、更に、当時における国内外の経済情勢、株式市況の見通し等が悲観的であつたことを勘案し、結局、発行価額は、一株につき三八〇円から三九〇円までとするのが妥当であるというのである。また、被上告人が他の取締役と協議して算出した一応の価額は、前記直近日前一週間の旧株の終値平均、直近日前一カ月間の終値平均及び権利落ち後の昭和三七年三月二八日から右直近日までの終値平均四〇六円五銭の三者の単純平均四三三円二二銭からその一〇パーセントを減じた三八九円九〇銭であるというのである。

右のように、両証券会社が具申した意見による価額及び被上告人と他の取締役が協議して算出した一応の価額は、客観的資料に基づいて前記考慮要因が斟酌されているとみることができ、そこで採られている算定方法は、前記公正発行価額の趣旨に照らし、一応合理的であるというを妨げず、かつ、右を総合勘案して取締役会において決定された価額は、右決定直前の旧株の株価に近接しているということができ、このような場合、右価額は、特別の事情のない限り、一応公正な価額であると解するのを相当とし、右価額が当該新株を買取引受けによつて引き受ける証券業者が具申した意見を参考にして決定されたとの前記事実も、右の意見の合理性が肯定できる以上、それだけで右の判断を異にすべき理由にはならない。そして、他に特別の事情を認めるに足りる事実関係のない本件においては、本件発行価額は、一応公正な価額であるということができる。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同六について

株式会社の取締役が法令又は定款に違反する行為をしたとして、商法二六六条一項の規定によりその責任を追及するには、右違反行為につき取締役の故意又は過失を必要とするものと解するのを相当とする。したがつて、被上告人が横河電機の取締役として取締役会において他の取締役とともに本件新株発行につき株主総会の特別決議を経ないまま、大和証券及び野村証券に買取引受けをさせる決議をし、それを実行しても、被上告人において、故意はもとより、右行為が法令違反になるとの認識を欠いたことに過失がなかつたから、被上告人に損害賠償責任がないとした原審の認定判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同九及び一二について

株式会社の新株発行につき、買取引受けをした証券業者が当該契約に基づき右会社に対し、その事務処理についての手数料を請求し得ることは、いうまでもない(証券取引法二条六項参照)ところ、横河電機が本件新株の発行につき買取引受けをした大和証券及び野村証券に対し、その手数料を支払つたことに違法はないとした原審の認定判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己)

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